第125回例会(2022年3月例会)

以下の要領で3月例会を行います。ふるってご参加ください。

日時
2022年3月13日(日)
13:50~14:00 Zoomのセッションへの入室受付
(14時以降も随時入室 受付いたします)
14:00~17:35 例会
場所
オンライン
実施方式
Zoomを用いたオンライン開催
事前登録
URL:https://zoom.us/meeting/register/tJEsd-GupjopHN3DgfgkyTpTYdti_uO_HHIm

* 準備の都合上、3月11日(金)までに事前登録ください。
* 非会員の方も当日会員として参加可能です。事務局までお問い合わせください。
* 3月12日(土)までに例会専用ZoomのURLを事前登録者にメールにてご案内いたします。セキュリティ確保のため、登録者以外にZoomのURLをお知らせいただくことはお控え下さい。

プログラムおよび発表要旨は以下の通りです。

研究発表:
1.梅田杏奈氏(神戸大学大学院生)
ラドクリフ・ホールの『孤独の井戸』とヴァージニア・ウルフの『オー ランドー』にみられる男女の二項対立への眼差し
(The Different View of the Male-female Dichotomy in Radclyffe Hall’s
The Well of Loneliness and Virginia Woolf’s Orlando)
2.加太康孝氏(ロンドン大学大学院生)
『ダロウェイ夫人』における中年(性)
(Middle-Agedness in Mrs Dalloway)
3.内田夕津氏(早稲田大学非常勤講師)
“We Must Have a Room of Our Own”: Independent Woman 誌における A Room of One’s Own の受容
(“We Must Have a Room of Our Own”: The Reception of A Room of One’s Own in Independent Woman)

ワークショップ:
題名 :2022年、30’s(サーティーズ)それぞれの課題
報告者:英国30’s研究会メンバー
甲斐絵理氏(一橋大学大学院)
酒井祐輔氏(宮城学院女子大学)
豊田麻美氏(奈良女子大学大学院)
中土井智氏(名古屋外国語大学)
畠山研氏 (秋田大学)
原田洋海氏(福岡大学)

研究発表1
ラドクリフ・ホールの『孤独の井戸』とヴァージニア・ウルフの『オーランドー』にみられる男女の二項対立への眼差し

神戸大学大学院博士課程 梅田 杏奈

 1928年。これは、ラドクリフ・ホール(Radclyffe Hall)が『孤独の井戸』(The Well of Loneliness)を出版した年であり、またヴァージニア・ウルフ(Virginia Woolf)が『オーランドー』(Orlando)を出版した年でもある。このふたつの小説は同年に出版されたというだけでなく、ともに同性愛について描いているという点で共通している。しかし、一方には世間と自己との認識のズレに苦しむ主人公の精神的な葛藤が描かれ、他方には男女両性を持つことで、男性や女性といった枠組みに縛られることなく人生を謳歌する主人公が描かれている。『孤独の井戸』は裁判にまで発展し、出版禁止という処分を受けたという事実から、スキャンダラスな印象の強い作品として扱われるが、ともに同性愛という要素を含みながらもなぜ一方だけが発禁処分という扱いを受けたのか。ふたつの違いは何にあると考えられるか。これらの疑問に対する解釈のひとつとして、本発表では、同年に出版されたこのふたつの作品『孤独の井戸』と『オーランドー』に注目し、ここに見られる男女の性差に対する視点の違いについて考察する。

 『孤独の井戸』に描かれているのは、主人公スティーヴン・ゴードン(Stephen Gordon)の心の葛藤である。生物学上は女性として生まれたが、幼少期から自分の性別に違和感を抱いており、周囲の少女たちと同じようにドレスを着たり、着飾ったりすることに楽しみを見いだせない。彼女は唯一の理解者であった父から教育を受け、また男装することで自己を表現する。そして,恋に落ちる対象は女性であった。女性でありながら女性を追いかけ、ズボンをはいて馬にまたがる姿は世間に受け入れられず、主人公の孤立感が漂う作品となっている。スティーヴンは自分が女性でもなく、男性でもないことから、自分とは何者かと自問しながら世間と自己との認識のズレに苦しむ。ここで注目したいのは、彼女が自分を表現するときに使う「道徳的癩病者(moral lepers)」という言葉であり、この自虐的な言葉からはスティーヴンが自分を狂人や不自然な存在、「異常者」へと位置付けていることが読み取れるのである。

 ホールがスティーヴンの心理描写を通じて、男女どちらにも属さない人間の孤立感や心の葛藤を描いたのに対し、『オーランドー』に描かれているのは男女両性を持つことで、どちらか一方しか持たない人間の倍の人生を楽しむと自負する主人公である。主人公のオーランドー(Orlando)は、イギリスのエリザベス朝時代からヴィクトリア朝時代まで約350年近くを生きており、また30歳の頃に一夜にして男性から女性へと性別の転換を経験する。だからこそ、オーランドーは男性や女性といった枠組みに縛られることなく、男性の考え方にも女性の意識や感覚にも敏感であり、どちらにも理解を示せる稀有な存在として人生を謳歌することが可能となるのである。批評家ナイジェル・ニコルソン(Nigel Nicolson)による批評をはじめ、この小説はウルフの当時の恋人であった女性作家ヴィタ・サックヴィル=ウェスト(Vita Sackville-West)へのラブレターとして書かれたと言われていることから、同性愛の影が垣間見える小説といえる。同年に出版されたホールの小説が発禁処分を受けたのに比べると、何の障害もなく出版に成功している点も興味深い。本発表では、男女どちらにも属さない孤独な人間を描いた『孤独の井戸』と、両性的な要素を持つことで人生を謳歌する主人公を描いた『オーランドー』について、服装倒錯や自己の認識といった観点から分析を行い、男性と女性といった二項対立に対するふたりの作家の視点の違いについて考える。


研究発表2
『ダロウェイ夫人』における中年(性)

ロンドン大学大学院博士課程 加太 康孝

 本発表では、ヴァージニア・ウルフによる小説『ダロウェイ夫人』(Mrs Dalloway)に見られる中年の表象、および中年性について考察する。

 1925年に出版された本作では、題名人物の「ダロウェイ夫人」がロンドンで過ごす初夏の1日が描かれており、またその中で夫人が若きクラリッサ・パリーとして生きた日々が想起される構造が中心となっている。クラリッサがそのかつての日々を共にしたサリー・シートンやピーター・ウォルシュ、リチャード・ダロウェイは、現在のクラリッサ・ダロウェイの催す宴をきっかけに再び集まる。このようにクラリッサの過去と現在とを往還する語りは、しかしながら決して閉じたものでなく、そこには現在隣に住む高齢の婦人や、見知らぬ多くの人々が過ごす時間も交錯してくる。中でも特別な意義を与えられるのがセプティマス・ウォレン・スミスとその妻ルクレツィアとが過ごす現在および想起される過去である。本発表の関心に沿うと、作品はこのようにまとめられるだろう。

 この小説がいかにして、中年を扱った作品として読めるのか。そもそもの疑問として、中年と見なし得る年代の幅広さゆえに、つまるところどんな物語の登場人物もたいてい中年であると言えてしまうではないか、という考えも浮かび得る。まず、50代に入っているクラリッサおよびその夫や友人は中年の範疇に入るであろう。ここに、ダロウェイ家でクラリッサの娘エリザベスの家庭教師を務めているミス・キルマンなども入ってくる。また、スミス夫妻は若いが、広い意味で中年についての議論に入ってき得る存在である。というのも、結婚(そしてセプティマスは従軍も)を経て社会的には成人と認められる点で、成長期にある若者(たとえばエリザベス)とは区別されるためである。

 このように、中年という年代はきわめて雑多な性格の人々を包含し得るものであり、このことも原因となってか、あまり体系的な議論の対象となってこなかったきらいがある。しかしながら本発表では、中年および中年性というものについて考察することが本作品を、ひいてはウルフの諸作品を読み解く上できわめて大切であると考える。

 その理由のひとつとして、これが年齢に敏感な作品であることが指摘される。作中では登場人物の年齢についての言及が多く、クラリッサ自身も例外ではない。年齢についての情報が提示されているだけでなく、作中人物自身、特に、やはりここでもクラリッサは、自身の年齢を老いや病とともに意識しているし、同時にクラリッサへ向けられる視線にも年齢への意識が関わっている。他方で、クラリッサはもっぱら自分の加齢や衰えを感じているわけでもなく、「とても若い」という感覚をも持ち合わせている。このことはピーターにも該当する。このように年齢に関する認識の描写を追っていくと、本作では老いと若さとの間にいる感覚、あるいは、老いていると同時に若いという感覚が書き込まれていることが注目されるのである。本発表ではこのような中年特有の「間」「閾」の状態について考察を深め、ひいてはこれがウルフの作品やモダニズムを特徴付けるものである可能性を示したい。

 発表は『ダロウェイ夫人』の精読を中心に進めるが、ダロウェイ夫人のパーティーを舞台とする連作短編集(Mrs Dalloway’s Party)をはじめとした同時期の試みも検討する。そして大きな問題意識としてイギリスのモダニズムと中年(性)の表象という枠組みを定め、そこにどのような問題系があるのかについての検討も加えたい。すでに述べた通り、「中年」という概念には定義上あいまいなところが付きまとう。これにより明確な輪郭を与えるべく青年期や老年期について扱ったその他の研究動向にも言及し、20世紀前半の英文学作品における加齢というより大きな文脈の中で本発表での試みがどう位置付けられるのか、どういった可能性を有しているかについても論じられればと考えている。


研究発表3
“We Must Have a Room of Our Own”: Independent Woman 誌における A Room of One’s Own の受容

早稲田大学非常勤講師 内田 夕津

 近年、モダニズム期の雑誌研究は、Modernism’s Print Cultures (2016) や The Modern Short Story and Magazine Culture, 1880-1950(2021)等に見られるように、研究手法が確立されつつあり、裾野がさらに広がってきている。中でも女性作家やマイノリティ作家に関するテーマが盛んに研究されており、ウルフと雑誌との関係も注目を集めている(The Modern Short Story and Magazine Culture は Dean Baldwin 著の論考 “Virginia Woolf and the Magazines” を収録している)。ウルフは生前、イギリス国内のみならずアメリカにおいても、著作が数々の雑誌で発表された。しかし、アメリカで出版された雑誌についての専門研究誌である American Periodicals においても、いまだウルフとアメリカの雑誌の関係を主題とした論文は掲載されていない。Baldwinもイギリス国内のコンテクストに主眼を置いている。このように、アメリカの雑誌におけるウルフの存在には、研究されるべき余地が多く残されている。

 本発表では、ウルフの同時代にアメリカで出版されていた Independent Woman 誌におけるウルフの提示・受容を分析する。Independent Woman 誌は、サブタイトル “A Magazine of Interest to All Business Women” にも表れているように、家庭の外で働く女性たちが主たる読者層の月刊誌であった。誌面を大きく占めていたのは、働く女性とその職業をめぐる論説や体験談であった。書評も毎月掲載されており、小説や、社会問題や歴史を扱った著作など、様々な種類の本が紹介されていた。しかし、連載小説などはなく、文学的な関心が強い雑誌とはいえなかった。女性作家の論考が掲載されたこともあるが、文学的議論というよりは、作家という職業を選んだ女性の職業観や、働く女性へのアドバイスという趣の強いものであった。

 このような雑誌においてウルフが一定の関心を引いたのである。Independent Woman 誌において、特に1930年代初頭に、働く女性の住居問題が大きく論じられていた。父親の家を出て自分の住居を得ることは、同誌の主たる読者層である働く独身女性たちの憧れであったが、大恐慌は彼女たちを直撃し、職だけでなく住居をも奪い、父親の家に戻らざるを得ない状況に置いた。このようなアメリカ特有の状況下、1930年から1933年にかけて、Independent Woman 誌はウルフのA Room of One’s Own に複数回言及し、住居問題と格闘している女性読者たちへ実利的なアドバイスを与えている。当時の同誌上にウルフの他の著作への言及は見つからないことと、この雑誌の文学への関心の薄さを考え合わせると、このような言及は Independent Woman 誌のやや偏向的なA Room of One’s Ownへの関心を示唆すると言える。A Room of One’s Ownが提起した問題がIndependent Woman 誌の読者たちが実際に抱える問題と合致したのであろう。

 本発表では、いわゆる文学の受容の場ではなかった Independent Woman 誌においてA Room of One’s Own がどのように提示・受容されたかを分析し、ウルフとアメリカの働く女性たちとの間で生まれた対話の一端を明らかにしたい。

ワークショップ
2022年、30’s(サーティーズ)それぞれの課題

英国30’s研究会

 この度ウルフ協会所属の「若手」研究者6人で英国30’s(サーティーズ)研究会という会をはじめてみました。研究の現在を考えるにあたって、1930年代を考える事が重要であるという認識を共有しています。所属機関の垣根をこえて、研究や仕事に関するちょっとした疑問や悩みを相談しあう「場」をつくりたい、というのが研究会発足のきっかけです。参加者の希望に応じて様々なテーマの会をひらきたいと考えています。例えば、読まねばならないが1人で読むには手強い研究書をみんなで読む読書会や、学会発表の練習を兼ねた勉強会の企画などです。

 とはいえ、発足して間もないので、今回は「2022年、30’s(サーティーズ)それぞれの課題」というテーマでメンバー紹介も兼ねつつ、各々が現在いだいていて解決のヒントが欲しい研究上の話題をいくつか提供し、皆さんと一緒に考えられれば幸いです。具体的には、「30年代」の作品を中心に、その他批評、エッセイなどを扱います。各自関心があるキーワードは、「男性性」「女性性」「動物表象」「短編再読」「読者」「孤独」です。

 我々の関心を、会員の皆さまと共有することを目的にしたいと思います。フロアからのご意見をお待ちしています。どうぞよろしくお願いいたします。

(文責:中土井)